ミヤジダケジンジャ
宮地嶽神社

  創建は約1600年前までさかのぼるそうです。国史にその名を残す息長足比売命(神功皇后)の御代で、仲哀天皇のなきあと、自ら大陸に渡り、皇后は当地に滞在され、裏の山の頂きに祭壇を設け、「天命を奉じて彼の地に渡らむ、希わくば開運を垂れ給え」と、祈願して船出されということから彼の地を「宮地」と呼び、彼の山を「宮地嶽」と称するようになり、息長足比売命の有名不可思議な偉業を称え、祭神と祀り、ともに功労をなした勝村・勝頼両神とあわせて、宮地嶽三柱大神と崇めている。
福岡県宗像郡津屋崎町宮司1304
04.08.17追記
じんぐうこうごう
神功皇后
記紀所伝の仲哀天皇の皇后。気長足姫(息長帯比売)(おきながたらしひめ)の漢風諡号。天皇の死後、新羅に出陣、凱旋ののち筑紫の地で応神天皇を出産、69年間摂政をつとめたという。「播磨風土記」などでは大帯姫(おおたらしひめ)とも。



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