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吉田松陰(1830ー1859・安政の大獄で刑死)が祭ってある神社です。
1940(明治15)年11月松陰門下の人々が謀り、墓畔に社を築きました。今の社殿は松蔭没後50年祭を祈念して1927(昭和2)年に造営されたもので、境内には、有名な「松下村塾」を見ることができます。
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山口県萩市椿東椎原 |
04.08.01裕・追記 |
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よしだ しょういん
吉田松蔭
1830〜1859 |
幕末の思想家。長州藩士。
兵学を研究し、江戸で佐久間象山らに学ぶ。ペリー来航時に海外密航を志して失敗、入獄。萩で松下村塾を開き、高杉晋作・久坂玄瑞ら尊皇攘夷運動指導者を多数教育。安政の大獄で刑死。 |
しょうかそんじゅく
松下村塾
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幕末期、長州藩萩町(山口県萩市)に開設された私塾。
吉田松陰が主宰し、明治維新の志士を輩出したことで有名。1843(天保14)年ころ松陰の叔父玉木文之進(ぶんのしん)が自宅に開設したものであるが、文之進の任官とともに中断していた。しかし、1856(安政3)年出獄して自宅謹慎中の松陰が近隣の子弟に兵学を講義するようになると、当時玉木から久保清太郎に移っていた松下村塾(隣家であった)と合体し、1857年には松陰が主宰者となった。
松陰は安政の大獄に連座して再入獄し、1859年江戸に送られて刑死する。このため同塾は閉鎖されるが、門人からは高杉晋作、久坂玄瑞、伊藤博文、山県有朋、前原一誠など多くの志士が輩出した。 |
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